あのこは自分に愛を向ける存在を憎み排除する、呪いをかけられてるのよ


Ave imperator, morituri te salutant.
 2.in the case of the platina


17日ぶりの里は出発時と変らず平和で穏やかだった。俺は番兵に声をかけて大門をくぐるとそのまま待機所に向かった。
報告書は原則として帰還時に提出するものだが、その任務内容や報告者によって提出期限が異なってくる。今回の任務は単独のAランクだったので2日以内に直接火影への報告・提出が求められていた。しかし一度部屋に戻って報告書を書き、提出のためだけに執務室へ行くのは面倒なので待機所で書いて提出する事にした。
途中、任務帰りの奴やこれから任務に向かう奴と言葉を交わし自販機で缶コーヒーを買った。
待機所には先客がいた。
「あらカカシ」
「クレナイ」
同じく上忍のクレナイだった。
俺は入り口においてあるペン束から一本抜き取り彼女の向かい側に座った。
「任務だったの?」
「まぁね。クレナイは?」
「あたしはこれからよ」
クレナイは長い爪で器用にめくりながら雑誌を読んでいた。見えた紙面には誰もが唸るスイーツ100選と書かれ色とりどりの写真が載っていた。俺はプルタブを開けながらあれ明らかに合成着色料に見えるんだけどな、とどうでもいい事を考えていた。
一口飲んだコーヒーは無糖と書いてあったが十分甘かった。任務帰りの今なら飲めるけど平時なら飲めないだろうな。缶をテーブルに置き報告用紙を取り出し上から順に記入していく。
待機所は雑誌をめくる音とペンを進める音だけになった。

「あんたさ」
待機所にクレナイの声が響く。
「イルカに何かした?」
言葉の意図がつかめなくて顔を上げると赤い目がじっと俺を見ていた。
「何で?」
「この間見たとき様子が変だったのよ」
あんた何かしたでしょ、と言わんばかりの目で見る。
クレナイとイルカ先生は昔から仲がいいらしい。本人の口から聞いたわけじゃないがよく一緒にいるところを見るしその時の先生の顔が俺と一緒にいるときとは全然違うものでひどく嫉んだ。
俺は再び用紙に顔を落とし不機嫌さを滲ませて言った。
「何で俺に聞くわけ?」
「質問してるのはこっちよ」
相変わらず強気な女だ。さばさばとした性格には好感を持っているのだがどんな質問にも相応の答えを示さない限り逃げを許さないところがどうも苦手だ。恐らく今回もそうだろう。
だからと言って何かしたのか、と聞かれても困るのだ。今の関係は別に無理強いしてるものではないしあの人に暴力を振るった事もない。
だけどひとつだけ思い当たることがある。それは最後に会ったとき、資料室で俺が言った言葉に対する反応。元々言うつもりはなくて痞えるような苦しさから思わず出ただけで、場所も状況も最低だったから結局流されたけど、ただ振り向いたあの人の瞳が今までにないもので凄く印象に残ってる。
俺は書くのを止めてため息をついた。
正直に話したところで信じないと思うがこの女に嘘をついても無意味なので本当のことを言った。
「……愛してる、て言っただけ」
てっきり嘘だと、非難されると思っていたのだが予想に反してクレナイは眉を顰め窓の方を向き口を閉ざした。その顔は厳しいもので一切の言葉を寄せつけないように感じた。クレナイが何を考えているかは解らないがあの答えで満足してもらえるならそれでいい。下手にかかわれば痛い目を見るのはこちらのほうなのだ。そして待機所にはペンの進める音だけが戻った。

沈黙を破ったのはクレナイのほうだった。
「カカシはあのこと知っててイルカと一緒にいるんでしょ?」
「俺さっきから質問攻めなんですけど」
クレナイは真意を見極めようと俺の目を見ていた。その目に絶望がに似た色が浮んだと思うとすっと視線を下にずらした。
「知らないのね…」
その声は俺を非難するものではなくただ事実を確認しただけだった。クレナイは目を閉じ、じっとしてた。暫くそうした後長い爪で手を握り締めると話し始めた。
「こういうことは話し手の主観がはいるからあたしは言いたくないんだけど」
もうあんな顔はみたくないからね、と苦虫を噛み潰した表情で切り出したクレナイの話は内容は非常に面白くないものだった。



「あたしはてっきりあんたと付き合ってるからもう大丈夫だと思ってたんだけど……あんたたち今まで何してたの」
クレナイが言ってるのはこの2年間の俺たちの事だろう。
「さあね」
そんなこと俺が聞きたいぐらいだ。
俺は残りのコーヒーを飲み干し立ち上がった。報告書は書きあがった。あとはこれが受理されれば正式に任務完了となる。

受付で五代目に謁見を求めると暫く待てと言われた。今日はパチンコ?と聞くと昨日からシズネ様が見張りに立ってますのたぶん早いですよ、と笑って返された。
事務員の話通り5分ほど待っただけで入室許可が下りた。
執務室では五代目が書類と格闘しその隣りで氷の笑みを浮べたシズネが分厚い紙束をテキパキと捌いていた。
「あの〜報告に来ました」
「カカシ!」
五代目は神の救いが来たというような燦爛たる瞳で俺を見た。よほど紙とのにらめっこから開放されたいらしい。
「シズネ!休憩だ」
「何言ってるんですか!カカシ上忍は報告に来たんですよ。だいたいさっきから報告者が来る度に休憩って…だから仕事が進まないんですよ!」
「うぅ、この文字ってのがいけないんだ。これを見てるとどうも眠たくなるんだよ」
「言い訳しない!」
びしっと言い張るシズネは異様に目が光り後ろには荒涼たる氷河がみえた。五代目は触らぬ神に崇りなしとばかりに俺のほうに向き直った。
「ほらカカシ、報告書だしな」
さっさとよこせ、とばかりに手をひらひらさせる。渡そうとデスクに近づくとは一枚の紙が張ってあった。
下記の書類が終わるまでパチンコ、競馬、博打には絶対行きません、五代目火影綱手
その下には恐らく貯めていたのであろう書類名が永遠と書いてあるのだろう。書類の下で見えないが国璽まで押してあるようだ。
綱手様、貴女は一体何をしたんですか、と訊ねたい欲求に襲われたがそこは上忍なので見ないふりをして報告書を渡す。
五代目はざっと報告書に目を通すと
「ご苦労だったね。口頭報告することはあるかい」
と聞いた。俺は任地で耳にした不穏な噂を話そうとしたのだが
「失礼します!緊急事態です」
と大声を上げて一人の男が入ってきた。
男は俺に一礼すると小さな紙を五代目に渡した。五代目は顔を顰めるとクソ、何てことだい、と吐き捨てた。
「カカシ報告は後で聞く、下がりな」
「どうしたんですか」
「…私の読み間違いだ」
と苦々しく呟くと、特上か上忍で足の速いものを一人連れてきな、とシズネに命令した。
「俺なら今すぐ出発できますが」
抜きんでて速いわけではないが俺もどちらかと言えば足の速いほうだ。
「お前は今日帰還したばかりだ」
「今回はそんなに疲れてませんでしたから」
虚勢でもなんでもない真実だった。もし本当に疲労困憊ならさきほど下がれと言われた時点で退出している。
「……わかった、お前なら大丈夫だろう」

事態の一部始終は後味の悪いものだった。
任務はある国に潜入忍が窃取した特定指定文書を里忍が受け取るのものだった。その文書は国家機密ではなく重要文書なので事が発覚しても追っ手は中忍レベルがくるものと予想していた。
しかしその文書の一部が国の枢要な機密に大きく関わっていることが判明し特定指定から機密に引き上げられた。それは窃取した後に起きた事だった。さらに最低な事にすり替えた文書が複製と判明して事件が発覚した。一部とは言え機密文書が盗まれたとなれば追っ手は上忍クラスまたそれ専門部署の担当となる。潜入忍は上手く姿を暗ます事ができたようだが受取る里忍(中忍)は確実に追っ手と接触することになる。運がいいのか悪いのか取引場所がトラップだらけの危険な森。機転の利く中忍なら多少時間稼ぎはできるだろうが不利なことには変わりない。
しかし一番の問題は時間のだ。この森は忍で足で2日の距離で俺がどれだけ急いでも1日以上かかる。話を聞く限り取引日は今日なのだが。
「五代目、今からでは…」
「それは心配ない。この森の直ぐ近くに空間転移術を施した場所がある。そこからなら、まぁお前の足で2時間あれば十分だ」
厳しい顔は変らないままだが自信のある声だった。
取引までにはあと3時間ほどある。転移準備もあるが間に合う、と時計を見ながらはっきりと言い切った。
「それにあいつはそんなあっさりやられる奴じゃないよ」
と不敵な笑みを浮べた。
「担当者は誰なんですか」
肝心の担当の名前を聞いていない。
「あぁ、言ってなかったか」
そう言って五代目の口から出た名は俺を凍りつかせるには十分すぎた。
任務担当者はうみのイルカ

ふいに
さっき聞いたクレナイの話が頭をよぎった。


1時間ほど空間転移の準備のためと言って待たされた。転移先の術式が少し古いものなので正確に転移するためにこちらの術の精度を上げるらしい。
話はわかる。だがあの人が危険な目に遭うと分っていて1時間もじっとしていられなかった。とりあえず術者に急ぐよう圧力をかけると装備の補充をし、アカデミーに向かった。最初は取引場所を目指すつもりだがこちらはあの人の救助又は援護が目的なので正確な場所を掴むために忍犬に追跡させる。
俺はアカデミーに行ってイルカ先生の机から追跡の手がかりとなる適当なものを物色させてもらった。他の教官には任務で必要でね、と言ったが疑念と心配が入り混じった目でみていた。探しながらはじめて自分があのひとに繋がるものを持っていないことに気づいた。それと同時にクレナイの言葉を思い出し、唇を噛んだ。
指定された転移室に行くと2人の医療忍者がいた。1人は新米らしい。絶対数の少ない医療忍者を少しでも多く育てようという五代目の考えは分るがこの時だけは怒りを押さえるのに苦労した。時間が勝負の任務だからついて来れなくても文句は言うな、と言うと新米君は頑張ります、とガチガチに緊張した声で言った。おいおいホントに大丈夫なのかよ、と隣りの上司を睨むと何とかなるだろ、て目で見返してきた。チクショウ、医療班は繊細なように見えてがさつな奴ばっかりなんだよ!
遅々として進まぬ術式の再構成を待ちながら兵糧丸を噛んでいると追っ手の忍の特徴が追加情報として入ってきた。追跡部隊に所属の上忍2人で1人はトラップの専門、もう1人は幻術の専門らしい。実に嫌な組み合わせだ。あと5分ほどで術が完成すると言われ俺は忍犬≪パックン≫を呼び出した。任務内容を説明してパックンに先ほどアカデミーから拝借した千切れた結い紐を渡し、臭いを覚えさせた。そして3人(と1匹)で最終確認をすると、完成しましたという声がかかった。逸る鼓動は静まるどころかその速さを増した。


到着すると北西に向かって走った。走ってるうちに予定地よりも離れたところに飛ばされたことに気がついた。あいつら舐めた仕事しやがって、と舌打ちしながらスピードを上げた。徐々に新米がついて来れなくなったのが分ったが待ってる暇はない。ちらりと上司を見ると軽く頷いたので適当に跡を残しながらペースを更に上げた。森に入って暫くするとそれまで曖昧だった先生の臭いをパックンが掴んだ。何とか間に合うか、と考えていると急にパックンが止まった。
「どうしたの」
「この先は…通れん」
「どういうこと」
「きな臭いトラップがしかけてある」
「そりゃ分るけど」
確かにここから先は胡散臭い雰囲気が漂っている。だが通れないわけではない。時間がない今最短距離のここを通らないわけには行かない。
「カカシが通れても後ろのがついて来れんだろ」
「あぁ、そいうことね」
言われて遥か後方にいる存在を思い出した。トラップを発動させないように集中して走るのは体力がいる。ここまで来る間にいくつか危ない仕掛けがあったことと彼の本来の任務を考えるとここは避けるのが賢明な判断だろう。ここを無事に通れてもいざというときに役に立たなくては意味がない。
「南の方はここよりマシじゃ」
そういうとパックンは走り出した。

30分ほど走ったとき辺りに巨大な爆発音が響いた。足の裏に微かな振動が伝わったとき横から何か飛んできた。
「おっと」
急ぎ別の樹に飛び移る。ガガガッ、と音を立てて刺さったのは棒状のクナイだった。老朽化した罠が今の振動で反応したらしい。
「パックン、イルカ先生どこにいるか分る?」
「ちょっと待っとれ」
そういうとパックンは鼻をひくひくさせて周りの臭いを嗅いだ。
「…南南東の方角で結界が張られとる」
「結界?イルカ先生もそこに?」
パックンは恐らく、と頷いた。
とりあえず結界の方向を目指して走り出したのだが、少しずつ罠の種類が殺傷性の高いものや厄介なものに変っていった。それを歯がゆく感じていると目の前に巨大な結界が現れた。
「これか」
「そうじゃ」
「特殊強化か…」
特殊強化結界は術者の能力に依るものではなく予め封じ込められた術式がその強度を決める。ピンからキリまであるが恐らくこれは一定時間は絶対に破られない高分子型。せめて結界内の気配を読めればいいのだが全て結界に吸収されていて何も感じられない。くそ、と結界を叩くがビクともしない。
さっきの爆発とこの結界、偶然とは思えない。こちらが考えていた取引時刻よりずいぶん早いが実際の現場ではこんなことはよくある。
焦りと苛立ち、不安で頭がおかしくなりそうだ。
「カカシ!こっちじゃ」
何か嗅ぎ取ったのかパックンは急に走り出した。その後について行きながら言いようのない不安を感じた。その後も続く面倒な罠にこの森全部焼き払ってやろうか、と考えたとき結界が消滅した。その直後、巨大な火柱が立ち立ち昇った。
パックンはそのまま結界内に進んでいった。何があったのか判らないが全てのトラップが発動済みだった。気味が悪いと思いながら進んでいくと焦げ臭い臭いの中にひどく小さな先生の気配を感じた。まだ姿は見えないがその気配はどんどん消えていくようだった。悪い考えばかりが頭の中をよぎる。

炭化した木々の中で先生の姿を見つけた瞬間は歓喜したが、その手足が徐々に動かなくなっていくのを見て震え上がった。
真っ白になる頭でその上に乗っている男にクナイを投げた。何本か男の顔を裂き残りは腕と側面に刺さった。男は自分の刺さるクナイに驚きこちらを見て倒れた。その顔は形容しがたいものだった。
震える身体を叱咤して近づくと男の下から咳き込むような声が聞こえた。急いで男の身体を退かすと血に濡れた先生が必死になって息をしていた。
すべき事は山のようにあるのに色々な感情が一斉に駆け巡って身動きが取れない。するとイルカ先生が目を開けてこちらをみた。その瞳に喫驚と絶望が見えてクレナイの言葉を思い出した。
それを振り切りたい一身で先生を抱きしめた。
生物が焼ける臭いと血臭と焦げ臭さの中、ゆっくりとでも確実に動く鼓動を感じてこの人がちゃんと生きていると実感した。
「よかった…」
呟いた声はみっともないほど震えていた。
本当にこの人が生きていてくれてよかった。
拒絶されても俺はこの人さえ生きていてれればいい。
「…カ、シせん……」
名前を呼んでくれた。ほとんど音にはなってなかったけどそれでも俺の名前を呼んでくれた。それが嬉しくてちゃんと答えたいのに喉が焼けるように痛くて声が出ない。だから震えながら強く抱きしめた。聞こえてる、と伝えたくて。笑うような気配を感じたかと思うと急に先生の身体が重くなった。ぞっとして顔をみると意識を失いかけてる。
濃い血臭と影になっていて気づかなかったがわき腹にクナイが4本も刺さっている。
「せんせッ!」
呼びかけにも反応しない。震える手で止血するが血は一向に止まる気配を見せない。混乱してる自分に落ちつけ、と言い聞かせるがとてもじゃないが正常な判断ができない。
「カカシ!」
後ろを振り向くとパックンと医療班が見えた。俺は2人に場所を譲るとその場に立ち尽くした。2人は救急セットを広げるとすぐに止血をし傷口にチャクラを流し始めた。意識、脈、呼吸そして他に外傷がないか確認した後、血に濡れた顔をガーゼで拭った。その顔は青く唇は紫に変色しつつあった。
「とりあえず応急処置はしましたがすぐに里に連れて帰らないと…」
「わかった、あんたちは転移して帰りな」
「解りました」
「パックンは2人に確実なルートを案内してくれ」
「わかった」
搬送の準備ができるとパックンを先頭に次々と走っていった。
その姿が見えなくなると、俺はその場にしゃがみこんだ。



* * *

あれから敵忍の死因や遺留品から所属などを割り出して処理しあの辺り一体のトラップがどの程度使用されたのか簡単に調査した後、里に帰還した。
里に着きそのまま報告に行くとまじめだねェ、と笑って労われた。簡単な結果と転送装置の状況を報告すると1週間の休暇が与えられた。
「五代目」
「ん、なんだい?」
「イルカ先生は…」
「あぁ、大丈夫だよ。肉体も危険だったがそれ以上に精神面でやられてて暫く意識が戻らなかったが今朝、回復したとの連絡が来た。他は安定してるからすぐに退院できるさ」
「そうですか、なら良かったです」
俺は安堵した。あの時先生の周りには術の気配が残っていた。恐らく解術したときのものだと思うが、強力なものだったので気になっていたのだ。
「ほらあの子の病室番号だよ」
「え?」
「お前ら知り合いだろ」
「はぁ」
はっきりしない男だねぇ、と頬杖をつきながら紙を渡された。
「疲れてるんだよ、早く帰って飯食って寝な!」
と一喝されて追い出された。
言われた通り部屋に戻ろうかと思ったが、渡された紙をみると足は自然と病院のほうに向かった。


先生は小奇麗な個室で静かに眠っていた。
呼吸も落ち着き顔色も良くなっている。点滴の薬液がてんてんと落ちていく様子をみて何だかほっとした。
暫く顔を見てるといいようのない感情が溢れてきた。

「好き」

知らず口を出た言葉はそれだった。

「すき、すき、……すき」

つ、と顔を指でなぞる。

「あいしてる」

ゆっくり口付けた。

口唇を離し、おとぎ話ならここで目が覚めるんだけどね、と笑いながら見ているとぴくりと身じろぎした。反射的に距離をとる。
「ん、」
と声を上げると薄く目が開いた。瞼が重いのか何度か瞬きしながら少しずつ覚醒に向かっていく。俺がいることに気がついたのか腫れぼったい目を擦りながらこちら顔を向けた。
「か、かし、せんせ?」
俺は笑って頷いた。
先生の声は擦れていたけどあの時の声帯を潰されたような声じゃなかった。俺はそっと息を吐いて平常の声をだした。
「ほら、先生まだ眠らないと」
そう言って目蓋にそっと手を乗せた。
きっと俺は今ひどい顔をしてるから見ないでほしい。
「はやく寝ないと襲っちゃうよ」
と耳元で囁くとイルカ先生は笑って眠りに就いた。

その寝顔がとても穏やかなもので涙が零れた。




3.be softly enveloped in everything