「初恋、だったのかねぇ」
「ぶはっ!!!」
「げほっっげほっ!!!! 」
紅は飲みかけのコーヒーを噴出し、アスマは自分の煙草の煙にむせた。
「ちょ、あんたいきなり何言い出すのよ。コーヒー零しちゃったじゃない!」
紅は急いでハンカチを取り出すとこぼしたコーヒーがシミにならないように必死にスカートの裾を叩く。
「そうだぞ。本気で宇宙の法則が乱れる」
カカシとの付き合いが長いアスマも今回の言動には耐性がなかったのか驚きを隠せないでいた。
「ちょっと二人ともそれひどくない?」
いくら俺でも傷つくよ、とカカシは顔を伏せよよよ、と泣きまねをする。
「どこが酷いのよ。あんたの言葉の暴力に比べたら全然ましだわ」
おろしたての服なのか紅は手元のミネラルウォーターをハンカチに含ませ、さらに叩く。その隣でアスマは新しい煙草に火をつけていた。
「いや、まぁなんだその、お前の口から“初恋”なんて小っ恥ずかしい単語が出てくるなんて思わなくてな」
「あんた初恋の意味分かって使ってんの?」
なかなか取れないシミに半ばぶちキレながら紅が尋ねた。
「ん?初めての恋ってことでしょ」
「字面だけならそうだな」
ぽかーと煙を吐き出すアスマ。
「はぁ・・・じゃあ、なにが初恋だと思ったのよ」
もうシミになることを諦めたのか、これ以上はやっても無理だと判断したのか紅はハンカチをたたみ始めた。
「それはねぇ・・・」
「それは?」
「それは、」
「なによ、もったいぶらずに教えなさいよ」
「んー、やっぱ秘密ってことで」
「はぁ?」
「ま。初恋だからね」
「なにそれ。あんた私にコーヒー零しといてそれで済むと思ってんの?」
紅の俺様理論にすかさずアスマが突っ込む。
「いや、それはちょっと違うだろ」
「そうそう自業自得」
「なによアスマ、いやにカカシの肩もつじゃない。あんた何か知ってんの?」
じとりと紅の赤い瞳がアスマを睨む。
「ふっ。男がそうべらべらと初恋について語るはずねぇだろ」
「なにそれ男女差別?つか、まじキモイんだけど」
美人で有名な紅の顔がこれ以上も無いくらいに崩れた。
「お前っキモイってなんだよ!」
「何言ってんの。キモイからキモイって言ったのよ」
「紅、キモイじゃアスマがかわいそうだよ。せめて臭いとか気持ち悪いとか虫唾が走るぐらいにしときなよ」
「それじゃ私の感情が伝わらないからキモイって言ったのよ」
ほら、と袖をめくると白い腕にはふつふつと鳥肌が立っている。
「あ。ほんとにキモかったんだ」
「お前ら鬼だろ」
アスマは頭を抱えた。
「あれ二人とも呼ばれてない?」
窓の外をみやるカカシが指差した。紅が覗き込むと上空を旋回する一羽の鳥。
「あら、ほんとだわ」
いやねこんな格好で行くの、と裾に広がる薄いシミを撫でた。
アスマは最後の一口と大きく吸い込むと煙草を灰皿に押し付け火を消し、
「んじゃ行くか」
立ち上がると扉へ歩き出した。
「カカシ。帰ってきたらあんたの恥ずかしい初恋話を聞かせなさいよ」
にっこり、と大輪が咲いたような笑顔を向けると紅はアスマのあとを追いかけた。
二人が出て行った待機室は再び静けさが戻ってきた。
一際大きな風が吹く。それとともに子どもたちの笑い声が通り過ぎた。
隣のアカデミーのグラウンドで子供たちが笑いながら転げまわっている。彼らの中心にいるのは黒髪の男性教師。
男もまた無邪気で自由な子供たちと同じように笑い、楽しんでいる。
カカシはその様子をまぶしそうに眺めると静かに目を閉じた。
夏と星と、