!!CAUTION!!
この話は「十二の意外な結末(A Twist in the Tale)」Jeffrey Howard Archer(著)永井淳(訳)新潮文庫の「気のおけない友達(Just Good Friends)」のパロディ・パラレルです。かなり忠実に再現してます。
Jeffrey Howard Archerのファンの方、パロディ・パラレルが苦手な方はご注意ください。
La felice vita
the latter
俺は四人きょうだいの末っ子として生まれた。
父親は生まれたときには死んでいて顔も名前も知らないが、たいそう美しいプラチナブロンドの持ち主だったらしい。それを教えてくれたのは一番上の姉で、母親は俺に近寄ろうとはしなかった。
ある晩家に帰ってみると母親が他の男と駆け落ちしていた。姉は母は帰ってこない、と俺に警告した。彼女の言葉通り、それ以来俺は母親と一度も会っていない。他人には言わないまでも、自分の母親が野良猫のような女だと認めなければならないとは実に悲しいことである。
孤児となった俺は、放浪生活を送るようになった。毎日の寝場所の確保すら難しい生活だったので法律すれすれの、時には口で言うのも憚れるような汚いことを色々やった。この左目の傷もその結果のひとつだ。彼に知られれば幻滅されるかもしれないがああしなければ今の俺はいないのだから仕方ない。
どうやってミーシャのところに転がり込んだのかは忘れたが、彼女のことは今でも覚えている。彼女は俺より三歳ほど年上で艶かしく肉感的な容貌で笑うと白い八重歯が見えるのが特徴だった。彼女の旦那は貿易商で世界各地を飛び回っていたので一人残された若く美しい彼女は持て余した時間を遊びに費やしていた。
あるとき俺は彼女に「こんなことして旦那に怒られないの」と聞いた。そうすると彼女は蠱惑的な微笑を浮かべて「あの人はあたしがいないとダメなのよ」と答えた。彼女の言葉通り彼女の旦那は一週間以上家を空けるときは彼女を連れて仕事に出ていた。三週間ぶりに会った彼女に今の生活に満足しているのかと尋ねると、あなたはどうなの、と返された。俺は彼女を抱いているとき、その柔らかくていい香りのする身体に包まれているときは満足してる、と言った。彼女は笑うだけで何も答えなかった。
彼女と出会ってから約一ヵ月後、彼女は旦那とともに海を渡り二度と戻ってこなかった。別れの日、彼女は「あの人はあたしの運命の人なの。だからあなたはあたしがあの人に振り回されてるように見えるかもしれないけれどあの人を振り回しているのはあたしなのよ」と秘密を教えるかのようにそっと耳元とで囁いた。
ミーシャと別れたあと俺は色々なところをふらつきながら仕事を探した。《キャット・アンド・ホイッスル》でバイトにありつけたのは本当に偶然だった。けどパブのオーナーは性悪な男で、俺が約束の仕事をしないと食べるものも飲むものもくれなかった。
俺は彼がハーフ・パインとのギネスを注文するのをはじめて聞いたとき、彼が自分の運命の人だと感じた。はじめのうちはバーメイドたちがおおっぴらに流し目を送ったが、彼はぜんぜん関心を示さなかった。あの薄汚いブルネットの巻毛のマドレーヌが彼の心を虜にするまでは、女性には興味がないのではないかと思ったほどだった。
イルカが俺とともに過ごすことを許してくれたのはきっと俺の男女どちらともつかない見かけのおかげだろう。
彼がバスルームに入ってるあいだ、俺はベッドの半分に横たわり響く水音に耳を澄ませていたことを今でもおぼえている。以来、彼は俺に出て行けとは一度も言わなかったし、怒鳴り散らして蹴りだすようなことはもちろんしていない。お互いに不要に干渉しない気楽な関係である。
ピピピピピピピピピピ。
忌々しい携帯の耳障りな電子音が鳴りはじめた。でも今日は呼び出し音じゃないから許してやる。
その音はイルカが起きる決心をするまで鳴り続ける。一度彼の身体を横切りその不快な音を止めようとしたが、結局充電器の線に爪を立てて傷をつけたあげく携帯を床に落として、うるさい音以上に彼を不機嫌にさせてしまった。彼は俺を殴ることはなかったが俺の首根っこを掴み恐ろしい形相でで中身の飛び出た充電器のコードを俺に見せた。電気の流れているコードを顔面すれすれに持ってこられて泣きそうになったことは忘れられない。それ以来、俺は一度も携帯にも充電器にも近づいてはいない。
ようやく布団の下から長い腕が伸びて、手探りで携帯を探しはじめた。折りたたみ式のそれを開きボタンを押すと、あの不愉快な音が鳴り止んだ。
俺は眠りが浅い方で、ほんの少しの動きでも目がさめてしまう。頼まれれば毎朝もっと穏やかで気持ちのよい方法で彼を起こしてあげる自信がある。俺の方法なら人間の作った道具に劣らず信頼がおけるのに。
イルカはねぼけ顔で俺を見るとふにゃりと笑い、縦に傷が奔っている俺の左目の上に軽くキスをして頭から首筋を軽く撫でた。そうされると俺はふわふわとした気持ちになって自然と頬が緩む。
彼はあくびをして思いっきり手足を伸ばした。「急がないとまた厭味言われるぞ」と、毎朝の決まり文句をつぶやき室内履きに足を突っ込みバスルームに向かった。途中で雑誌の山に足を引っ掛け土砂崩れを起こすことも忘れなかった。いつものように十五分経ってバスルームから出てきた。髭も剃って小ざっぱりしたのだが、やっぱりいつものように碌に拭かずにでてくるので床に転々と水滴が続いている。
俺は彼の欠点とも思えるようなところに耐えるどころか愛せるようになっていたし、一方彼は俺の病的なまでの清潔好きと用心深さにもなれていた。
彼は「こら、起きろ」と口では叱ったが、俺はそれを聞かず彼がいなくなったあとの暖かいベッドにもぐりこみ微笑を浮かべた。
「出勤前に朝ごはん作ってもらえると思ってるんだろ」と、彼は階下へおりながら言った。俺は返事をせず彼のぬくもりが残るシーツに肌を寄せた。彼のにおいがして俺は幸せに包まれた気分になる。
もうすぐイルカは玄関のドアを開け、朝刊と一パイントのミルクを取り込みキッチンへ向かう。そしてケルトに水をいれてスイッチを入れ、食器棚からコーンフレークとボウルを取り出す。一方には俺のお気に入りの朝食を入れてミルクを注ぎ、残りは自分のコーンフレークをいれるだろう。
きっと朝食は俺の予想と少しも狂うことなくできあがる。まずケルトが沸騰を知らせ、ティースプーン一杯分のインスタントコーヒーをカップに入れ湯を注ぐ、そして椅子が引かれる音がする。その音を合図に俺はベッドから抜け出し階下へおりてゆく。あんまり幸せな気分だったので、文字通りベッドから飛び降りて開いているドアに向かった。階下におりるまで何秒もかからなかった。彼はコーンフレークを口に運ぼうとしていたのに、俺の姿を見たとたんに食べるのをやめた。
「お、カカシ、起きたんだな」と彼はニコニコしながら話しかけた。彼はかがみこんで俺のボウルを押してよこした。俺はしあわせそうに尻尾を振りながらミルクを舐めはじめた。
俺たちが怒ったときだけ尻尾を振るというのは、人間の思い違いである。