Petite et accipietis, pulsate et aperietur vobis.


いつもなら美味いと思うビールが苦みしか感じない。缶を卓袱台に置くと唐揚げに手を伸ばした。揚げてから何時間も経ったそれは冷たく硬いが味付けには満足した。
四日ぶりの我が家は閑散としていた。出て行ったときと同様にあちこちに物が散らばり足の踏み場がないのだが今まで自分を含め男の忍が5人、狭い部屋に缶詰状態だったことを思うとこのうなぎの寝床のような我が家がとても広く静かに感じる。

二ヶ月前、川の国でクーデターが起きた。川の国には雨隠れの里があるが彼らは現政権を快く思っていなかったのでクーデター実行犯の援護に回った。自国の軍だけでは制圧できないと判断した川の国の国主は条約を結んでいる火の国に援護を求めた。火の国はそれを受け木の葉の里にクーデター鎮圧の依頼をし里は受諾した。既に五ヶ国同盟からの同盟軍が送られていたが木の葉は大隊1つを送るという大規模な派遣を行った。しかし未だに完全な鎮圧には至っていない。所々で燻っている火の粉を完全に鎮火するまでに時間がかかっているのだ。火の粉の裏には雨隠れの存在があるのだからいかに木の葉と言えども簡単には鎮火できない。予想以上にかかる鎮圧に不穏な噂がいくつも流れた。そのうちの一つにとある小隊が行方不明になっていて、その小隊の中にははたけカカシも含まれている、と。俺がその噂を聞いたのが約3週間ほど前、戦地から戻ってきた同僚に教えてもらった。だが同時にはたけカカシの姿自体を川の国でみた者がいない、ということも教えてもらった。
俺がカカシ先生の姿を最後に見たのはクーデターが起きてから数日後だった。守秘義務があるから具体的なことは言わなかったが少し時間のかかる任務、だと言って出立した。直感的に川の国での任務だと分かったしもしかしたら一般隊とは別行動での任務なのかもしれないと感じた。自分もそのうち派遣されるのだろうと思っていたが五代目は医療忍者以外の追加兵を送ることはなかった。代わりに残った者たちは派遣された者たちの分まで働かされることとなり俺はアカデミーを一時的に解かれ一般忍と同様に、いやそれ以上に働かされた。
特にこの四日間はその超過労働の集大成ともいえた。期間にすると四日間と短い気もするが十畳一間の部屋に机と椅子とうず高く積みあがった巻物と五人の男。さらに壁は全面本棚で埋められ窓というものはなく明かりは天井に張り付いた無暗に真新しい蛍光灯だけが頼りだった。そこで何をしていたのかというとただひたすら巻物などに術式を書き込んでいたのである。そう、ただひたすら術式を書く。一見簡単な単純作業のように思えるが現実はそう甘くなかった。チャクラを練り集中しながら青白い蛍光灯の下で複雑怪奇な紋様を一人当たり二畳(実際は机などがあるため自分の椅子しか居場所がない)の野郎だらけの狭い空間で永遠と書き続ける拷問ともいえる任務。先に任に就いていた同僚は今まで見たことのない澄み切った笑顔で歓迎してくれた。
巻物に術を書くのはまだよかった。大きさがどうあれ巻物だ、一定の範囲があり難解な術式であってもまだ書ける。だが2cm四方の薄紙にチャクラを少し流しただけで火影岩2つ分を軽く吹っ飛ばすための強力な術式を書けと言われたときは思わず「こういうことは専門部署があるだろうっ!」とこの任務の班長に優しくオブラートに言ったが「向こうは今別件で付きっ切りだ」と言われた。薄々感じてはいたが五代目は追加派兵をしない代わりに強力な武具で援護していたようだ。
一瞬で筆がぶれるので瞬きもろくにできないために一日目でドライアイになり、二日目には肩こり腰痛、三日目の終わりには腱鞘炎になった。兵糧丸や増血丸よりも目薬と湿布とサポーターの方がこの任務には必要不可欠だった。

「これいつまでだっけ?」
その日34本目の巻物に手を伸ばした。
「あー、そのへんは26日までだな」
同僚は紙束の山を崩さないように慎重に期限リストだけを抜き取り目を擦りながら答えた。
「今日何日だっけ?」
日付と曜日感覚は時間感覚が消えたときに完全に消滅した。俺は右手に持った筆に墨をつけ、硯で毛先を整え感触を確かめる。ここを疎かにすると一文字目が歪み続く二文字目は崩れ三文字目には廃棄せねばならない。
「あー、あ?26?って、今日じゃん!!」
「ぎりぎりだな・・・あと一本で終わる」
同僚の大声にもずれることなく一文字目はうまくいった。あとは流れに沿って書き続けるだけ。
「マジで!イルカ、お前最高だ!」
「じゃ最後の一本はお前な」
「え!いや、それはそれで・・・ていうか、俺それ系苦手だし、イルカの方が丁寧だし」
「それはいえるな」
必死に俺を説得する同僚に桜貝を細かく砕いていた先輩のセガワさんがツッコミを入れた。
「ぎゃ、セガワさんひでぇ!!ん?26?26ってイルカ、お前今日誕生日じゃね?」
「は?」
あ。ちょっとズレた。が、まだ許容範囲内だ。修正も効く。
「5月26日、お前の誕生日だろ?」
「あぁ・・・そうだな」
返事が適当になってしまったが仕方がない、今は術書きに集中してるのだから。
「うみの、今日誕生日なのか?」
「はぁ、そうみたいですね」
「え?うみのくん、誕生日?じゃあ今日はお祝いだな!」
「お、ヒヤマいいこと言うなぁ」
「いや、祝いもくそもないんじゃ・・・」
あんたら仕事しろよ、と言いたいがみんな手が動いている上で口も動かしているのだから何もいえない。
「いいんだ、うみの。俺たちは同じ任務に就いた仲間、生死をともにすることを誓った仲間だ」
「いや誓ってないですよ、班長」
「お前がいなかったら俺たちは今日五代目に減俸喰らっていたかもしれない、いや、減俸ならまだいい、専門部署と同等のさらに過酷な作業を押し付けられたかもしれない。そんな危機からお前は俺たちを救ってくれたのだ!」
「いや、偶然ですから」
この人、こんなノリだっただろうか。きっとみんなこの異常な空間に耐えられなくなっているんだな。
「"ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために"の精神か!チクショウうみの、お前は最高だ!で、うみのお前今年でいくつになったんだ?」
「27です」
「じゃあ27年前の今日という日に感謝だ!お前の父上と母上にも礼を言わねばならない。と、いうことで今日はささやかだが我々はうみのイルカ誕生27周年記念パーティーを催したいと思う」
「「「班長最高ッ!!」」」
「あんたら呑みたいだけだろ」
思わず本音がでてしまったのはこの際仕方がないだろう。

こうして俺の誕生日を建前に飲み会が決定した。しかしこの部屋には常に管理者が一人残らなくてはならないので全員で出かけることはできない。よって飲み会は重要な巻物などが転がるこの豚小屋で行われることになった。その前にこの部屋は飲食厳禁という厚くて高い壁が立ちふさがったが、要は巻物などが汚れなければよい、という結論に達し部屋を片付けることで各自勝手に納得した。夕方までには期限が迫っている全ての作業を終了させ部屋を片付ける組と買出し組に分かれた。
一時間もしないうちに机の上には金や銀などカラフルなアルミ缶とオードブル所狭しと並んでいた。見事に揚げ物の茶色だらけのオードブルには申し訳なさそうにパセリやサニーレタスの緑が揚げ物の上や下や四隅に乗っている。そして「イルカおめでとー!」の野太い声を合図に飲み会ははじまった。
今までの鬱憤やらストレスを吐き出すかのように呑んでは食べ笑い叫び暴れた。連日の疲れもあって酒の周りが早くはじまって4時間ほどで俺と班長以外は潰れてしまった。セガワさんはビールの缶を握り締めながら、同僚は箸で唐揚げを串刺しにしたまま寝ている。こいつらホントに飢えていたんだな。
「うみの、今日は帰っていいぞ」
「はい?」
「お前ずっと帰ってないだろ」
「はぁ・・・でもそれは全員同じだと思いますが」
俺はコリコリと軟骨を咀嚼しながらもう一本ビールを開けた。
「正直お前がいなかったらここまで作業が進まなかったかもしれないと俺は思ってる。だから俺からの誕生日プレゼント、ってやつだ。ありがたく受け取っとけ」
班長はビールを片手に遠い目をしながら言った。たぶんこの人酔ってる。
「ですが」
社交辞令で断ると、班長は大きく首を振った。
「28日、朝一で来てくれればいいから」
そう言うと班長は手に持ったビールを口に運んだ。やっぱりこの人、酔ってる。酒じゃなくて自分に酔ってるよ!
「・・・ありがとうございます」
「ついでだ持ってけ」
班長は残った唐揚げを素早くパックに詰めビールを2本、袋に入れて渡してくれた。


窓を開けると生暖かく湿った部屋の空気を追い立てるかのように涼しい夜風が入ってきた。風呂に入り火照った身にはちょうどよい風だった。
一気に疲れが襲う。
こてん、と卓袱台に頭を乗せ窓の外をみると暗闇にぽっかりと月が浮かんでいた。
俺はベッドに入らなかったことを後悔した。

身体は疲労困憊で今すぐにでもベッドで横になりたいと訴えているのに頭の片隅で意識がはっきりと冴えわたり眠気すら感じない。身体を動かすのは本当にひどく億劫なのでこのまま外を眺める。今夜は上弦の月、あと5日もすれば満月になるだろう。そういえば、あの人が出立した晩もこんな月だったような気がする。
ああ、こういう時間はよくない。
昔、九尾が里を襲って里が復興に踏み出した後よくこういう時間を過ごした。布団にもぐり眠ろう眠ろう、と思っても眠りは一向にやってこなくて代わりに過去の優しい思い出や九尾襲来の恐怖、先の見えない未来に対する不安がぐるぐると渦を巻き眠気から遠ざけた。
だからこういう時間はよくない。自分が一番不安に思っていることが眼前に具体的な考えとなってあらわれる。
そんな時間を作らないように余計なことは一切考えず、それこそ自分の限界を超えて必死に仕事に集中し、あとは泥のように眠る。ここ二ヵ月くらいはそうやって過ごしてきた。だが、それはあまりにも幼稚で貧弱な抵抗に過ぎなかった。何故ならそれは忘れようとしていても本当は何よりも一番気にしてる。暇な時間やふとした瞬間に思い出して考えて不安になってしまうくらいに気にしている。
特にこの3週間は酷かった。考えれば考えるほど不安になるし、一つとして良き考えに至らない自分に苛立ちを覚えた。
あの人を信用していないわけではない。
あの人の強さは自分よりもはるかに上だと認めそれを受け入れている。
里に入ってくる情報では圧倒的に木の葉が有利で死傷者も予測より少なく、一部の中隊が数日のうちに戻ってくるという噂すらある。だけどそれは俺の不安を解消してはくれない。
戦況は刻々と変化するし、ある日突然形勢が逆転することもある。死傷者が少ないといってもそれはいつの時点での話しなのか分からない、長引く前なのか後なのか。それに死傷者の数は一般部隊での話でその裏で暗躍する者たちの数は恐らく入っていない。もし仮に戦場であの人の姿を見たことが無い、という話が本当であればあの人は部隊を指揮するのではなく裏で秘密裏に行動する立場にあるということだろう。そんな関係の人間の情報は通常表には出てこない。ここで一つの希望を見出すとすれば忍としてのあの人の価値だ。あのはたけカカシの首を討ち取ったとなれば敵の士気は鰻上りだろう。活気付き勢いづいた軍はしつこく粘り勝機を掴み取り、完全に敵側が有利となるまぁ、五代目が追加派兵をしない限りはこちらが優勢とみて間違いない。そうするとあの噂が気になってくる。はたけカカシを含む小隊一つが行方不明、という噂だ。この小隊というのは裏側の別隊(たとえば暗部)の隠れ蓑としての小隊だったのかもしれないし、前線の特攻的役割を担っていた隊なのかもしれない。噂の仲には隊の性格までは分からなかったし、そもそもどうしてそんな噂が流れたのかも気になる。実際に行方不明なのか、敵を陽動するための情報操作なのか。
結局、里に入ってくる情報はある程度誇張されているもので、例え戦場から帰ってきた同僚から聞いた話であっても信頼していいかどうかも分からない。
だから不安は解消されることなく無際限に広がり眠りを絡めとり縛り上げ押し潰し意識が残される。

目を閉じて、思う。あの人の無事を祈り願い、切に望む。
昔これに似た感情を感じたことがあった。それは今の思いより遥かに小さいものだったし、なによりもあの時は一人ではなかった。

9歳の誕生日、母親に連れられて国境沿いの山に行った。里内の暮らしに不満は無かったが人並みに里外に興味は持っていた。国境ギリギリとはいえ里から出られるということと両親は忍として働き、家にいる方ではなかったので母親だけだが親と出かけられる事実だけに俺は喜びはしゃいだ。
当日は早朝から出かけた。普段は見ることの無い明け方の白んだ空を見上げ母親と二人歩いた。どのくらい歩いたかはっきりとは覚えていないが、途中もう歩きたくないと駄々をこねて母親に置いていかれた記憶はある。見知らぬ道で一人置いていかれる恐怖に急いで母親の後について行った。恐らくあのまま道に転がっていてもあの母はきっと迎えには来なかっただろう。目的の山は国境沿いの山の中でも小さなものだった。お昼には何とか山頂に着き、見晴らしのよい平地にレジャーシートを広げ昼食をとった。
お弁当のふたを開け普段はみないおかずに喜んでいると
「イルカ、お誕生日おめでとう」
母は穏やかな笑みを浮かべて言った。その顔は本当に慈愛に溢れ聖母そのもののようだった。俺は嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになり照れながらお握りにかぶりついた。
「イルカは今日なにが食べたい?」
「ケーキ!ユウくんはこーんなおっきなケーキ食べたって」
俺は両手いっぱい広げてケーキの大きさをしめした。ユウくんというのは近所に住んでた子で一番よく遊んでいた子だ。
「いいわねぇユウくん。イルカにもユウくんには負けないくらい大きなケーキ買ってあげるわよ。他には何かある?」
「えっと、ハンバーグとオムライスと・・・」
「2つだけ?」
「まだあるよ!えっとえっとあれ!この前食べたお寿司、自分で巻いて食べるやつ」
「手巻き寿司ね」
母は一瞬言いよどんだ。
「それ!手巻き寿司」
俺はそれに気づいたが何も言えなかった。当時、父親は戦忍としての戦地を飛び回っていた。手巻き寿司はそんな父親と最後に会ったときに家族が揃って食べた夕飯のメニューだった。
「お父さん、今日帰ってくるかな・・・」
「お父さんはね、今大事なお仕事で遠くに行ってるの、今日は無理だけどすぐに帰ってきてイルカにおめでとう、て言ってくれるわ」
「うん・・・」
「お父さんが帰ってきたらもう一度お誕生日のお祝いしようか」
「ほんと?やった!」

そんな他愛無い会話の昼食を楽しんだ後、山頂を越えさらに歩いた。周辺に咲く高山植物や食用となる木の実、木の上での隠れ方や動物や人が通った跡の見つけ方などを教えてもらったり今思うと誕生日にしてはずいぶんと安上がりな日だったと思う。この日のことを鮮明に覚えているのは母親と遠足のような一日を過ごせたこともあるが、きっとあのアヤメの群生を見たからだ。
ぽっかりと空いた草原は紫の海だった。時折吹く風に緑青の葉と群青のアヤメの花が細波のように揺れ、落ち着いて凛とした清々しい香が立った。子供心にこれはきれいだ、と感じた。もっと近くで見たくて駆け下りると意外に花の背丈が高いことに気がついた。自生のそれらは他の高山植物との競争もあるのか一般のものより大きく当時の俺の胸くらいまであった。
「この花はね、アヤメっていうの」
母は顔を近づけ香りを楽しんだ。それに習い自分も顔を近づけると確かにやさしくて甘い静かな香りが鼻腔を通り抜けた。しかしそれは子どもが楽しむにはあまりにも奥ゆかしく品のよすぎた。分からない、といった憮然とした顔でいる俺に母は笑って言った。
「この花は嬉しいお知らせを届けてくれるのよ」
「うれしいおしらせ?」
「お父さんが無事に帰ってくるとかね」
「ほんと?じゃあもって帰らないと」
そう言って嬉々として手を伸ばした俺を母は止めた。
「折ってはだめよ」
「なんで?」
「折ったら死んでしまうわ」
母はアヤメは生きている、と言った。そして鞄からクナイを一本取り出すとそれを俺に渡し土を掘るように言った。少し乾いた土は掘りにくかったが根を傷つけないようにゆっくりそっと掘った。アヤメの根は長くどこまでも伸びていた。爪の中まで土で真っ黒になりクナイを握る手が疲れてきたとき母はクナイで根を切るように言った。
「アヤメ、死んじゃうよ」
「大丈夫、それだけ根があるから家のお庭に植えたらまた伸びるわ」
その言葉を信じ、俺は根を切った。そして母に指示されるままアヤメを引き抜き根を湿った布で包み家まで大切に持ち帰った。家に到着すると庭に走った。疲れてへとへとだったが早くアヤメを植えないとだめだと思っていた。物置からスコップを取り出し急いで穴を掘りアヤメを植えその上にふかふかの土を被せ水をたっぷり注いだ。それから毎日アヤメが枯れないように面倒を見た。
アヤメは咲き続けた。
少し乱雑な庭で紫の花は輝いていた。
そして花弁が枯れ落ちるころ、父が帰ってきた。
母は泣いていた。

それからアヤメは毎年咲き続けた。群青と紫を混ぜ合わせた美しい花を咲かせた。

だが、もうあのアヤメはない。
幸福の便りを運ぶ使者は九尾襲来の際に思い出の詰まった家とともに消え去った。

この手には何もない。


やっぱりこういう時間はよくない。
これ以上続けばきっと自分が惨めになる。だからベッドに入って意識も眠りも何もかもなくさなくてはだめなのだ。そう思うのに身体は動かない、瞼すら重くて持ち上がらない。自分の身体なのに自分の意思で動かすこともできないなんて滑稽にもほどがある。

かたん。

音がした。何の音だろう。
目をゆっくり開けると卓袱台に水溜りができていた。蛍光灯の光が目にしみる。まばたきをするとそれはあの苦さしか感じられなかったビールが汗をかいてできたものだった。顔を上げて時計をみた。今日はとうに終わっていた。

たん。

今度はすぐ傍で音が、
ちがう、

この気配は、

「ごめん、遅くなった」

窓の外に月はなかった。

「なんで、ここに」
「だって今日、誕生日でしょ?だからどうしてもおめでとう、て言いたくて」

自分は夢を見ているのだろうか。眠りは既に意識を攫っていたのか。眠りはもっと穏やかなものではなかったのか。
分からない。もうそんなことはどうでもいい。
俺は立ち上がり窓の外に立つあの人に手を伸ばした。カカシ先生は俺を引き寄せかき抱いた。埃と血と土の中でどこかで嗅いだことのある香りがした。

「もう26日は終わったけど、イルカ先生、誕生日おめでとう。俺はこれからもずっとあなただけを愛してる」

「なにも用意できなかったんだけど、これ、受け取ってくれますか?」

一輪のアヤメが差し出された。
滲む視界でもそれははっきりとみえた。



本当の幸福の使者は―――