Acta est fabula.


俺がそいつを見つけたのは暗い森の中、新月で星が雲に隠れて見えない日だった。
暗殺任務の帰りで標的の返り血が気持ち悪かった。台風が近づいているため気温、湿度ともに上がり不快指数は急上昇。面の下の自分の呼吸音すら不快にさせた。しばらく走っていると自分の周りに生き物の気配がしないことに気がついた。鳥や小動物はもちろん獣の気配すらない。生ぬるい風が肌を舐める。
森の奥できらり、と光った。瞬間、悲鳴が森に響き渡った。

興味が無かったと言えば嘘になる。
通常は緊急事態を除き他者の任務に干渉することは禁じられている。同里の忍とはいえ過度の接触は不測の事態を引き起こす可能性がある。特に俺は写輪眼という格好のエサをぶら下げてるので下手に関わると同里の忍を負傷させるだけかもしれない。疑惑がもたれている者には監視忍が随行するが、彼らは標的に接触することは決してない。いつもの俺ならすぐにその場を立ち去っただろう。
だがその時は高揚した精神が忍としての判断を鈍らせ、ほんの少しの好奇心に身を任せた。俺は気配が悟られないぎりぎりの距離から見た。それは不気味な黒い影が男に向かって巨大な鎌を振り下ろしているところだった。黒光りする鎌はぞっとするほどでかい。
その姿を見て俺はこいつが噂の死神だと思った。

死神
抜け忍や間諜者はもちろん情報売買などの裏切り行為またはそれに順ずる行為をした者の特定及び粛清を秘密裏に行う者たちの俗称。追い忍とはまた別組織らしい。通常彼らはその姿を秘匿するが噂の死神はその姿を何度か目撃され、巨大な鎌でずたずたに裂くことで有名だった。

この距離からではその姿を捉えるのが精一杯で死神の特徴も体型もわからない。対峙していたのはどこかの里の間諜者だろう。最後まで抵抗したようだが恐らく勝敗は最初から決まっていたのだ。思ったより味気ない状況に興奮が冷めていく。
その時、死神がこちらに気付いた。
一気に緊張する筋肉。そして精神。
いきり立つ心臓と急速に冷える手足。
逃げられない気がした。
否、死神は見逃してくれるだろう。俺が同里の忍だと気づいているはずだ。
だが俺はこの緊張を無視したくない。
一瞬の思案の結果、俺は死神との距離をつめ死神の傍らの木の上から話しかけた。

「死神業も大変そうだね」
影はあの巨大な鎌を男から引き抜いた。その拍子に右腕が転がった。この位置からだとちょうど横から死神を見下ろすことができる。
「・・・あなたはずいぶん暇そうですね」
声から判断するとまだ若い男だ。もしかしたら俺と同年齢くらいかもしれない。ただしこの声が本物であるならばの話だが。
黒装束は当たり前、頭からフードを被り袖から見えるプロテクターも面も黒。おまけに面は髑髏を模してるときた。まったくもって悪趣味だ。死神という名はこの姿を模して付けられているのだろうか。
「そう?これでも仕事帰りなんだけど」
「なら早く帰って飯食って風呂はいって寝ればいいんじゃないですか?」
死神はそう言いながら左膝を潰し足をもぎ取り放り投げた。足は弧を描き10mほど放れたところに落ちた。
「それもいいね〜」
そんな気は全然ない、ということを暗に伝えた。実際俺はこの奇妙な解体の方が興味があった。あれだけの巨大な鎌をどうやって持ち運ぶのだろう。もし組み立て式だったらそれはそれで面白いと思う。標的に近づくとこいつはこそこそと組み立てるのだ。うーん、実に滑稽だ。では仮にあの鎌が組み立て式だとして、人体の解体に耐えられる強度があるのだろうか。人の身体は堅い。骨を砕くならまだいいが、肉それも骨という芯がある肉をを断つのはなかなか厄介な仕事だ。チャクラで鎌を強化し相応の勢いと力を加えれば、この寸劇が成り立つのだろうか。色々と思索するが結局はこの目の前のできごとほど重要ではない。
死神は最後の仕上げとばかりに大鎌を構え、一振りで胴体を切り離した。それと同時に頭部がずり落ち、転がった。どうやら頭は最初から乗っていただけだったらしい。

死神はその巨大な鎌を地面に刺すと、顔をこちらに向けた。面には確かに視界を確保するための穴が開いているが、その奥に瞳を感じることはなかった。ただぽっかりと底なしの暗い空洞がそこにあるように感じた。俺はしばらくその穴を見つめていた。
「・・・もう終わったんですけどまだ何かあるんですか?」
声は確かに髑髏の奥より発せられたもの。ならその奥には何かがいる。それは果たして人間、なのだろうか。
「何か話してくんない」
考えるよりも前に口が出る。興奮しているのだろうか。
「ここで?」
その声は批難というより確認のようだった。
ただでさえ光の届かない地面は新月ということもあり一面暗闇にしか見えない。だが容易に想像できる。きっと彼の周りは血の海だ。
「そ、ここで」
流動性のない湿った空気に血臭はどんどん沈んでいく。鼻は疾うに利かなくなっている。既に転がっている足や腕にはハエが集っているのか羽音が聞こえる。腹を空かした獣ももうじきやってくるだろう。
「どうしても?」
「どうしても」
死神は考えた様子をみせたあと一瞬で俺の隣に姿を現した。正確には幹を挟んだ隣の枝の上に、だが。

「あなたは変わった人ですね」
「そうかもね」
そう言うとくつくつ、と空気が揺れた。
「なら、ひとつお話しましょう」

「一人の子どもが迷路に迷い込んだ話しです」

子どもはある朝、目が覚めると身の道の中に立っていました。周りは高い壁が聳え立っています。子どもは孤独と恐怖、不安で泣き出しました。すると何処からともなく声が聞こえてきます。その声はこっちにおいで、と言っているようでした。
子どもは言います。
"どこにいるの!"
声は子どもに呼びかけます。
"こっちだよ"
子どもは声の聞こえたほうに走り出しました。すると、後ろからがたがたがたと大きな音が聞こえてきます。
子どもびっくりして泣きながら叫びます。
"助けて!"
だけど声は同じことしか言いません。
"こっちだよ"
子どもは前だけを見て一生懸命走りました。後ろを振り向くことなくただ前だけを見て走りました。でも音は次第に大きくなりもう子どものすぐ後ろにまで迫っているようでした。子どもは恐怖に足も縺れさせ転んでしまいました。子どもはついに後ろを振り返ってしまいました。そこには大きな暗闇が、子どもが今まで走ってきた道を次々と飲み込んでいました。このままでは自分も飲まれてしまう、と思った子どもは泣いて叫びます。
"お願い!助けて!!"
震える足では走ることはおろか立つこともできません。
暗闇はもうすぐ側まで迫っていました。
声は告げます。
"はやく迷路から抜け出さないと…"
しかし子どもがその先を聞くことはありませんでした。


「子どもはどうなったの?」
「さあ?」
「は?」
「俺もその先は知らないんですよ」
「ふ〜ん」
死神の声はどこかとぼけたものに感じた。たぶんやつは続きを知っているのだろう。
「さてと、お別れの時間です。」
死神が大鎌を持ち直した。ひらり、と刃が光った。
「里に戻るなら別に一緒でもいいじゃん」
「ふふ、誰が里に戻るって言いました?俺はあなたと違って忙しいので色々しなくちゃいけないことがあるんですよ」
「ちぇっ。あんた働きすぎだよ」
「確かに」
からから、と咽喉で笑う声がした。結局、幹が邪魔でほとんど何もわからなかった。この暗い森にも少しずつ光が広がりはじめてきた。広がる光を見ている間に死神は地面に降りていた。
本当に別れの時間が来たようだ。
何か思い出したのか死神がこちらに振り向いた。

「知ってます?」

髑髏が嗤った。

―死神から逃れるには

血が凍りつく。

―魂を捧げなきゃいけない、って