Dum vivimus, vivamus.


疲れた。
・・・疲れる、ってひどい言葉だ。この身体のだるさも肩にかかる重さも手足の痛みも腹の中の淀みも手の痺れもまいってるこの精神も全部疲れる、でひと括りにされるんだ。
ほんとチクショウだよ。

やっと帰ってきた自宅においてあったのは恋人からの手紙。しかも色気も可愛げも無い茶封筒。これ絶対に事務からとってきたやつだよ。つか何でわざわざ封筒に入れてあるのかね。俺はため息をつきながらソファーに腰掛けた。
すると全身が鉛のように感じて眠気が襲ってきた。手足の末端からびりびりと痺れてきてまた疲れを実感した。もう動けない、と全身各所から次々と電気信号が送られてくる。まぶたが勝手に落ちて頭の中から蕩けていきそう。風呂にも入りたいし、手紙だって読みたいってのに!と思いながら俺はそのまま意識を失った。


自分の装備の重さで目が覚めるってなんか、情けない。しかも本当にそのまま寝てる。こう、なんつーか無意識のうちに風呂に入ってベッドで寝てる、てオチにはならないのね。
俺はぼさぼさでバサバサの頭をかきながら浴室に向かった。ソファーから立ち上がるときパリパリっと何かが軽快にはがれる音がした。見るとソファーが固まった血と泥で汚れていた。
・・・はい、カバーの買い替え決定。

シャワーも浴びた。飯も食った。武器の点検も終わった。汚れたカバーは剥がしたて取りあえず洗濯に突っ込んだ。でも何か忘れてる気がする。そう考えながら窓を見た。ぼんやりと外を眺めてると雲が流されているのが良く分かる。
暫くその様子をみていると閃いた。
「あ、手紙」
思い出したのと口に出したのは同時だった。慌ててテーブルを見るがそれらしきものは無い。どこだ、どこだと探してるとソファーの下にあった。フローリングの色と同化してるあげくにソファーの下、それも奥のほうに隠れてた。
改めてみるとやっぱり何の変哲も無い茶封筒だった。宛名も差出人も書いていない。恐らく本当にただの入れ物としての袋なんだろう。中には一通の白い手紙が入ってた。

 任務お疲れさまです。
 海に行ってきます。しばらく戻りません。


全く以って意味不明だ。
いや、単語の意味は解る。だがどうすればいいか解らない。
取り敢えずあのひと変なところで律儀なんだと改めて実感する。守秘義務から任務に関する一切の情報は口外してはならないはずなんだけど。てか、これって任務だよね。任務に行ったんですよね。…まさか旅行とか?一人で?でもしばらくってことはやっぱ任務。いやでも女と二人なら。いやいや男一人旅?つか、家出?いや家出って年でもないし。そもそも俺ら一緒に暮らしてないし…………てアホらし。
俺は手紙をテーブルにおくとベストと鍵を持って外に出た。

あっという間に里の中心、執務室しかも五代目在室。
「どうしたんだい、急に」
「はぁ、忙しいところすみません」
と、取りあえず頭を下げる。アポなし取り次いでもらえるのだから上忍の権力ってホント素敵。だけど俺はを知ってた、五代目が今まで溜め込んだ書類の処理でシズネ付で執務室に缶詰状態だったこと。
「まぁいいさ。お前には休暇許可が下りてたはずだが」
五代目は机に詰まれた書類の山も気にせず何食わぬ顔で煎餅をかじっている。火影って言うのは器のでかい人間じゃないと無理だな。
「そのことなんですが、外にでる許可をいただきたいなと思って」
外とは里外のこと。忍は生きる情報のため許可なしには里外に出られない。まして俺は里の機密保持者。
「外に?」
赤褐色の瞳がゆっくりとこちらに向けられた。
「ええ」
「何故だ」
「いや、海に行きたいなぁ、と思いまして」
答えた声は少し震えていなかっただろうか。
五代目は鞣革の回転椅子に体を沈みこませるとため息をついた。それと同時に眉間にしわが寄る。あんまりやるとマジで皺になりますよ、と思っても口にも顔にも出さないのが礼儀であり生き延びるための最良の策である。
「お前には不用意に里外には出てほしくない」
「そうですね」
俺は明後日の方向を向きながら答えた。予想通りの答え。くそ、俺だってのんびり過ごしたい。嬉しくもない不意打ちなんてごめんだ。好き好んで戦闘を仕掛ける頭のイカレたやつらなんてみんな豚箱に閉じ込めておけばいいのに!
「が、休暇返上でこの任務を受けてくれるなら考えてやらんこともない」
そう言って引き出しから一本の巻物を出した。この人、他人をこき使うのがうまいよな。
「…俺には有給とか無いんですか」
最後の悪あがきだ。
「上忍がしみったれたこと言うんじゃないよ。これを届けたらあとは好きにしな」
そう言って巻物を俺の方に放り投げた。行き先は波の国、Dランク。霧忍にさえ遭わなければ最高の任務だ。謹んで拝命します、と言うと五代目は緋色の唇を吊り上げた。

任務はあっけないほど早く終わった。
そもそも里外許可が下りないと思ってたので今里外にいること自体が予想外なのだ。
取りあえず何も遮る物の無い海岸まできてみた。
別にあのひとに逢いたかったわけじゃない。勿論、逢えるものなら逢いたかった。けど、海って広いじゃない。この世の3分の2は海なわけだからあのメモ1つであのひとに会えたら奇跡って言うか運命って言うか神様とか信じちゃってもいいかなぁ、なんてこの俺が考えちゃうくらいすごいことだと思う。それに任務中だったら接触するのはまずいし、旅行だったら……邪魔するのは悪い(とは思わない)
つか手がかりはあの2行の手紙だけなんだからまぁ無理なんだよ。
そう考えると何だかまた疲れてきた。横になって海を眺めてみた。海が迫ってくるようだと思った。
目の前の世界は広くて(当たり前だけど)水平線とか普通にあって、浅瀬は岩とか海藻とか珊瑚とか小魚とか見えちゃうほど澄んだ碧色というかエメラルドグリーンで、それが段々沖に近づくにつれてコバルトブルー、紺青、紺碧に変わっていく。その海に負けないほど広さのスカイブルーの空に白い入道雲が浮んでいる。 太陽が海面に反射して眩しい。目を瞑るとまぶたの裏で赤とか青とか白とか色んな光がみえて気持ち悪いけど、吹きぬける潮風が気持ちよくてそんな光もどうでもよくなる。
光も風も空気も何もかもが木の葉と違う。ここには里を髣髴とさせるものは一つとしてない。気味が悪いくらいに何も無い。……て何、俺センチメンタルってやつ?うわ似合わない。きっと今あのひとがいたら二人で似合わないて笑うんだろうなぁ、なんて考えてると

「カカシさん?」

声がした。
今、絶対、一瞬心臓が止まった。
だってあり得ないひとから名前呼ばれたし、たぶん俺うたた寝しちゃってたし、つか夢、願望、幻術いや妄想だと思ったから。だから後ろを振り返っても信じられなかった。
そこにはちょっとくたびれた感が漂う先生が立ってた。

「あ。やっぱりカカシさんだ」
「なんでここに」
頭が真っ白になるってこういうことだろうな。それにきっと今これ以上ないくらい間抜けな顔してる。
「俺は任務帰りでて、あ。もしかしてカカシさん任務中でしたか?だったら俺はこれで…」
「え、違う違う。俺も任務終わって」
「え?そうなんですか。よかった〜」
あ、危なかった…自己完結されて帰られたら運命も何もないじゃん!
先生は何か変な感じですね〜て笑いながら俺の隣に座った。幻術でも変化でもない、紛れも無く本物だ。
「カカシさん、どうしたんですか?なんかボーっとしてますけど」
「え、あー、先生のこと考えてたときに先生が現れたから何か化かされた感じで」
ホントこれ夢じゃないよね。夢だったら絶対に醒めないでほしい。
「ふふ。カカシさんでもそんな風に思うときがあるんですね」
「ちょ、それどういう意味ですか」
「いやいや他意はありませんよ。カカシさんも人間だったんだなぁと安心しただけです」
「て、俺なんだと思われてたんですか」
先生は少し上を向いて考えた後、俺の顔を見て
「えっと…変態?」
と可愛らしい疑問系の返事をくれた。
「…上忍を変態呼ばわりですか」
とささやか抵抗をしてみる。
違いますか、とばかりに首を傾けて同意を求める。
「男のケツは追っかけまわしてないですよ。先生のケツは追っかけてますけど」
「俺、男ですけど」
「だって先生、俺の恋人だし」
「一度あんたの頭かち割って中見てみたいですよ」
とさわやかな笑顔で言った。
え、それはプロポーズですか、だったらいくらでも!て言ったら何か痛い目で見られた。愛て何だ、と唸りながら考えてる間、先生は眼前に広がる海を見つめていた。
「ねぇ、先生。下に降りてみない?」
「下にですか?」
「うん。せっかく海にきてるんだから少しは楽しまないと!」
「いいですね!」


「うわっ、すげーキレー!」
先生はつめてーとかきもちーとか叫びながら遊んでる。
「あんまりはしゃぐと珊瑚で足切りますよ〜」
「ご忠告有難うございます〜」
先生はベストと装備を砂浜に放り出しサンダルもゲートルも脱ぎ捨て裾を膝まで上げてる。本気で遊んでる、かわいいなぁと知られたまた痛い目で見られそうな考えながら俺も裾を捲り上げた。
足元に小さな気配を感じて見てみると小さなカニが必死になって海に帰ろうとしていた。動きは中々速いが、波に押し返されてちっとも進んじゃいない。
「カカシさん!」
呼ばれて顔を上げると先生は海の上に立っていた。
「俺もうちょっと沖のほういってみますね」
先生はそういうと沖に向かって歩き出した。
海の上を歩いてる。さすはアカデミー教師、チャクラバランスいいな。俺は簡単な結界を荷物の周りに張ると先生を追いかけた。
先生は遠浅に立っていた。波がある分集中力を要するので湖や川の上に立つより海の上に立つのは遥かに難しい。そんな様子はちっとも見せず先生はただ沖のほうをじっと見つめていた。そこには何の感情も無かった。黒い瞳は藍色に染まり髪も紺青色に鈍く光っているようだった。まるで海の色を写し取ったみたいに。
そう考えると足元の水が恐ろしく感じた。
「イルカ」
とひっそりと呼び、振り向いた一瞬を狙った。
いつも温かく湿っている唇が乾燥していて改めて違う土地にいるのだと感じた。口付けた瞬間はバランスが崩れたけど沈むことは無かった。やるね、先生。だけどこれならどうですかね。俺は唇を離すことなく足裏のチャクラを解いた。先生は目を丸くしたけど直ぐに笑って一緒に沈んでくれた。




愛しいあなたとの接吻ならどんなものでも蜜の味