「馬鹿じゃない? アンタ」
 そう言って見下してくる男を、イルカは朦朧としながら見つめた。




Appreciate good flavor in the life...





 イルカは吸血鬼であるらしい。
 自分のことなのに、「らしい」という曖昧な表現を使うのは、イルカがその事実を知ったのがつい先日のことだからだ。
 まず、普通の食べ物がどんどん食べられなくなった。量が減ったのもそうだし、美味しく感じられなくもなった。無味な食事なんて食べる意味がない。それなのに、空腹は感じる。空腹というよりは――喉の渇き。どれだけ水で喉を潤しても、渇きは満たされなかった。
 昼間なかなか起きられなくなった。そのうち日差しに痛みを感じるようになった。肌が焦げるような、目の奥が灼かれるような、そんな感覚だ。幸いにも塾講師のイルカの勤務時間は夕方から夜にかけてであり、冬場であるという点でも日光を浴びずに生活することはそう無理なことではなかったが――
 それにしてもこの異質な体質はおかしい。
 一体どうしたことか。
 そう思っていた矢先に、声をかけられたのだ――銀の髪をした男に。
 ――あ、アンタ、お仲間? あれ、成り立てなの? わかんないって表情だね。アンタも吸血鬼でしょ? ――
 そんな風に軽やかに、笑顔で男は現実を突きつけたのだった。
 なんでも、突然吸血鬼になってしまうのは、そう珍しいことではないらしい。
 先祖返りか、何某かの理由で、ある日吸血行動もなく突然吸血鬼になってしまう人もあるのだとか。
 そんなわけで、男によればイルカは吸血鬼であるらしかった。
 なるほど、日光に弱いのも通常の食べ物が食べられないのも、それならば頷ける――そう納得してしまう思考回路も、知人などに言わせれば確実に突っ込まれそうなものだが、そんな考えを受け入れてしまうほどに、イルカの現実はもう、通常から逸脱しているのだった。


「ねえ、聞いてます?」
 つらつらとそんなことを思い出していたイルカの意識を、男の声が引き戻した。
 繁華街の片隅。ビルとビルの狭間で壁に凭れかかるように座り込んでいたイルカを、見下して男は言う。
「なんでそんなに餓えてるんです? 血、ちゃんと飲んでないの?」
 血。
 その単語を口の中で反芻して、イルカはのろのろと口元に手を当てた。
 血を飲まなくては死んでしまうと、初めて会った時に男は教えてくれた。人間と違い、吸血鬼は一回一回の食事の間隔が緩やかでも構わないらしい。けれど、それでも全く口にしなければ干からびて塵になって死んでしまうのだと。
 けれど、そんなことはイルカには到底無理なことだった。
 血を飲むだなんてことは、到底。
 それなのに、浅ましくもそれを欲しがる身体は、渇いて、飢えて、どうしようもなくて。臓腑まで空っぽになってしまったかのような空腹感に、力はどんどんと失われ、なんとか勤務を終えた後、家に帰り着くことさえできず、路地裏で身体を休めることしかできない。そんな自分は、笑われて当然だと思う。

 ――空っぽは嫌
 臓腑に、何か。
 満たしたい、欲求。
 ――欲しい
 真っ直ぐに溢れてくる欲望は、止め処なくて怖い。
 ――欲しい

「あ。獲物捕まえるの苦手とか? 初心そうだもんねぇ」
 揶揄うように、男の唇が弧を描いた。
「だいじょーぶですよ。アンタだったらそこらへんでいい獲物、簡単に引っ掛けられるでしょ。こんないい顔してんだからさ。こんな風に」
 どさりと音がした。
 甘ったるい響きを帯びた囁きで、手にしていた塊が晒される。どこか遠くのネオンが、それを薄く照らした。
 女。肌を大いに露出するその姿から、どこぞの商売女だろうと見当はつく。恍惚とした表情で、しかしその目は見開かれたまま、瞬き一つしない。だらりとぶら下げられた両腕に、否、それ以外のどこにも、生気は見受けられない。
 首筋に、牙の痕が二つ、刻み込まれている。
 そこから、赤黒く流れるものを見、イルカは弱弱しくも身を強張らせた。
「い、いやだ……!」
 欲しい欲しい欲しい欲しい。
 身体の奥底がそう訴える。喉が鳴る。血が欲しい。糧が欲しい。この空腹を満たすものが欲しい、と。
 けれど同時に湧き上がるのは――嘔吐感。過剰な恐怖感が臓腑を灼く。
 その反応に、男は、おやと眉根を寄せた。
「死体見るのが怖い? それかもしかして……血を見るのが怖いわけ?」
 イルカは声もなく、ふるふると首を横に振った後、こくこくと頷いた。
 死体が怖くないわけではない。けれど、それを圧倒する恐怖が存在する以上、前者の恐怖など全くゼロに等しかった。
 血液恐怖症という病がある。他人のであろうと自分のであろうと、多量であろうと少量であろうと、その如何に関係なく、血はイルカにとっては恐怖の対象以外の何物でもない。
「や、やだ……っ」
 震える四肢を掻き抱いて、イルカは目をきつく閉じて、いやいやするように頭を振った。

 ホシイホシイホシイホシイ
 イヤダイヤダイヤダイヤダ
 ホシイホシイホシイホシイ
 コワイコワイコワイコワイ

 背反する感情に、呼吸は自然と乱れ、嫌な汗が滲む。血の、錆び付いた香りが鼻腔を侵す。嫌悪感と恍惚感がない混ぜになり、思考回路が犯されていく。
「やだ……や……ゃ……い……や、だぁ……っ」
「――ったく」
 パン、と甲高い音がした。
 次いでやってきたのは、焼けるような痛み。
「正気に戻った?」
 その声には苛立ちが強く滲んでいたが、イルカにはそんなことはどうでもよかった。
 確かに一瞬正気には戻った。けれど――今度は口の中に錆びた味が広がる。今のでどこかを切ったのだろう。その味に、痛みで消えかけた恐怖が、再び競り上がって来た。
「ひぃっ……」
 喉が、引き攣った音を立てる。嘔吐感が。頭の奥からどんどんと麻痺していくような感覚。
「や……やだ、っ、や……離っ、ひっ……」
「ホント、やってられないね」
 ぐい、と男に髪を鷲掴みにされた。抗おうとするも、その手の力は強く、微塵も揺るがない。
「飲まないと、困るのはアンタなんだよ? ……っと」
 また、噎せ返るほどの、血臭が鼻についた。既に滲んだ涙でぼやけかけていた視界に、紅が映る。

 アカイ、モノ

 自分で切ったのだろうか。イルカを掴んでいない方の男の腕には、アカイモノが伝っていた。
 そのまま、その腕がぐいとイルカの口元に突きつけられる。
「飲んで」
「ひぃ……っいや……、やだ……っ」
 頭を振って逃れようとしても、男の力は緩まない。力の差で言えば、男の方がずっと勝っていた。
 無理矢理口をこじ開けられ、口の中に男の血が滴り落ちる。
 イルカは悲鳴をあげようとし――その悲鳴を、喉の奥に貼り付けた。
「……ぇ」
 先ほどまでの恐怖感が、一瞬にして消えていく。
 嘔吐感も、震えも、全てが、灰燼に帰していく。

 あま、い

 甘い。
 不味くない。
 それどころか――こんなに甘美なものは、初めてだった。
 その味わいは圧倒的で――他の事を考える余裕など、なくしてしまう。
 そう、それこそ恐怖感さえも、意識から排除される。
 そして、箍さえ外れてしまえば、後は止め処ない。
「――っ!」
 いきなりしゃぶりついたイルカに、男が驚いたように息を詰めるが、そんなことさえ気にならない。
 無我夢中で舐め、そして傷口まで何度も舌を這わせる。
 ぴちゃぴちゃと、音を立てて、《食事》する。
 足りなくなれば、その腕に牙を立てて、新たに傷口を生み出す。
 長らく抱えていた空腹を埋めるために、喉の渇きを癒すために、まるで飢えた獣のように貪欲にイルカは男に喰らいついた。
「そんなにがっつかなくても、大丈夫ですよ」
「ん……ふぁ……」
 よしよし、と頭を撫でられながら、喉を鳴らして血を嚥下する。そんな様子を、男は暫くの間、面白そうに眺めていた。が、やがて、ふ、と制止の言葉を口にした。
「ここらへんで、止めて。俺だってあんまりあげれる血を持ってるわけじゃないから」
 穏やかにそう声をかけられて、イルカは、もっと、と強請るように傷口をちゅうと吸い上げた。
 喉の渇きはとうに失せていたが、身体はいつまでもその味を求める。病み付きになる――もはや、血への恐怖心など、微塵も残っていなかった。
「アンタ今、自分がどんな顔してるかわかってる?」
「……ん、ふ……っあ」
 さほど強くはない力で、顎が掴まれ、男の腕から外される。上を向かされれば、自然と男と目が合った。
「すっごいそそるんだけど」
 銀色の目が、細められる。そこに灯されるのは情欲の焔。
 そしてそこに映り込んだイルカの顔もまた――蕩けてしまいそうな扇情的なもので。
「煽った方が悪いんですよ」
「へ……? わ……っ」
 なお恍惚とした表情のままのイルカを、男は地面に押し倒した。コンクリートの硬く冷たい感触に、イルカは息を詰める。
「俺の血、気に入った?」
 甘い甘いテノールが、イルカの耳元で囁く。頭の奥からくらくらと痺れるような感覚に、イルカは黙ったまま男を見返した。その視線は、肯定として受け取られたらしい。男はにっこりと笑って見せた。
「なら、いくらでもあげる。その代わり――」

 ――アンタを俺に頂戴

 そう囁いた唇が、血に濡れたイルカの唇に触れた。
 温い舌を絡められ、錆び付いた味の唾液が混ざる。
「ん……ぁ……ふ、ぅ……」
 くちゅくちゅと交じり合うものを嚥下しながら、イルカは熱に潤んだ眼を男へ向けた。
 角度を変え、何度も何度も落とされるキスの狭間で、喘ぐようにそれに応じる。
「俺も、……もっと、下さい」

 その血を
 その甘美なものを
 もっと、もっと
 ――あなたを、下さい

「……なんか、すっごくエロく聞こえるんですけど……」
 くす、と男が笑う。その冷たい掌が、服の下へと伸ばされるのを、イルカはぼんやりと受け入れた。
 その血が貰えるのであれば――イルカの麻痺した思考回路は、その甘さに囚われたまま、ゆっくりと男に侵蝕されて行った。

























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無理矢理なエロスはちいと力及ばずで無理でした。
薬も拘束も大好きなのだけれども。
ざっぱな感じでゴメンナサイ……ι
あと、カカシ先生が全く定まってなくてごめんなさい。
っていうかカカシ先生名前出てきてない上に、イルカ先生も名乗ってない……
名前知らないうちにキスしてエッチですよどうしようあわわ……(どうしようもないよ)

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お友だちの雨下さんに誕生日にいただいた究極至極の一品!
彼女のサイトにある吸血鬼ものの設定をカカイルで書いてもらいました〜雨ちゃん、ほんとうにありがとう!
私の戯言をとても美しい文章に仕上げた雨ちゃんはホントすごい子です。神ですよ!
イルカが血液恐怖症でパニック症状起こしてカカシに少なくとも一回は殴られて血を強要されて無理矢理にゃんにゃんにゃん、という私の妄想を見事にカタチにしてくれました。(ホンマに頭の悪い文だな)
彼女の文章が気に入ったお嬢さまは下記のアドレスから飛んでいきましょう!

ashcan////庭球(氷帝・四天)が中心。主に跡忍・謙蔵・コハユウ・オサ光etc

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